Prince Letter(s)! フロムアイドル

久しぶりって言われたから。
久しぶりって返して。
ほんとは全然覚えてないのに。

小さい頃からお芝居やってて。
いわゆるファンレターとか、出待ちとか、握手とか。
みんなからきゃあきゃあ言われることが多かった。

覚えてます? って。うん、覚えてるよ。
また薄っぺらい言葉を吐いて。
ほんとはダレだか分かんないのに。

キミがボクに向けてくれるきゃあきゃあとした声は。
眼差しは。

きっと一過性のものだから。
流行り病にも似た夢だから。
いつかボクの夢から醒めたら。

キミはもう、別の夢の中。

だって。

人生はまだまだ続くだろうし。
永遠に醒めない夢なんてないし。

だから。

これはキミの一過性の幸せと。
ボクのその場限りの罪悪との等価交換。

身勝手な言葉でキミを酔わせて。
流行り病の夢を見させて。
いつかまた、キミが夢から醒めるその日まで。
ただただ。

――ガラスの靴を作り続けるだけの御伽噺。

大丈夫。大丈夫。ボクは繰り返す。

キミとボクも。きっと同じだから。大丈夫。

久しぶり。久しぶりだね。
覚えてる? 覚えてるよ。
嬉しいな。ボクだって。

ボクだって。

口から零れる言葉は、すぐに朽ちていった。
目の前のダレかも分からないダレカに向けた言葉。
宛先のない身勝手な言葉。

今日も。
その場限りの言の葉は、ダレでもないダレカに向けて。
ボクの口から落ちて。
虚空に溶けるように浸み込んで。

消えていく。

* * *

別に。
気まぐれ。みたいなもので。単に。

紙に書き起こしてみたら。
消えていくその場限りの言葉を。
世界に繋ぎ止められるかもしれない。
なんてことを思って。

帰りの道すがら。
良いカンジのペンと便箋を買ってみた。

部屋に帰って。机に向かって。
書き出そうとして、あれ?

指先が止まって。あれ?

今まで口から零れていた言葉を。
ダレでもないダレカへ身勝手に吐いていた言の葉を。
書き留めるにしても。

ボクは一体――ダレに向かって綴ればいいのだろう。

部屋の真ん中には、たくさんの手紙が積み重なっていて。
たくさんのキミたちから。
ボクひとりに向けられたファンレター。

じゃあ――ボクは?

ボクにとっての、ひとりは?

どこにいるんだろ。わかんないや。

別に。
気まぐれ。みたいなもので。単に。

紙に書き起こしてみたら。
消えていくその場限りの言葉を。
世界に繋ぎ止められるかもしれない。
なんてことを思って。

部屋の真ん中に積み重なっていた手紙の中から。
たくさんのキミたちから。
ボクひとりに向けられたその中から。

ひとつを手に取って。中を開いたら。たまたま。

『お返事待ってます』

なんてことが書いてあったから。

別に。
気まぐれ。みたいなもので。単に。

すぐに朽ちていく言葉じゃ。
ダレかも分からないダレカに向けた言葉じゃ。
宛先のない身勝手な言葉じゃ。

その場に書き留めることができなかったから。

頭を抱えて。うんうんと唸って。
柄でもないとため息を吐いて。

諦めようとして。できなくて。
頭を抱えて。うんうんと。

唸りながら。唸りながら。

ボクはそのひとりに向けて、手紙を書きあげた。

ポストに入れて。ため息を吐いて。

――なにやってんだろ。

柄でもないと諦めようとしたけれど。

それからの毎日は。ポストを覗く毎日は。

なんだかそれまでと――少し違って。

家に帰って。ポストを開いて。届いてなくて。
夢の世界で。きゃあきゃあ言われて。
家に帰って。ポストを開いて。届いてなくて。

その繰り返しの毎日は。

やっぱり今までと――少し違って。

家に帰って。ポストを開いて。届いてなくて。
夢の世界で。きゃあきゃあ言われて。

次の日も。次の日も。

繰り返すんだけど。

いくら待っても。
返事は、来なくて。

ポストを覗いて。ため息を吐いて。

――なにやってんだろ。

『お返事待ってます』って言ってたじゃんか。
なのになんで。

なんで。

……あれ?

ああそうか。たぶん。
柄でもないのに諦められずにいるのは。

ボクが手紙に書き留めた言葉が。

夢の世界のものじゃない――

頭を抱えて。うんうんと唸って。ため息を吐いて。

みっともなく書きつけた――ボク自身の言葉だからだ。

あーもう。なんだよ。
お返事待ってますって言ってたじゃんか。
なのになんで……なんで……あれ?

ああ。そうか。

いつの間にかボクは。

――別の夢の中に来てたみたいだ。

身勝手な言葉でキミを酔わせて。
流行り病の夢を見させて。
いつかまた、キミが夢から覚めるその日まで。
ただただ。

ガラスの靴を作り続けるだけの、御伽噺。

それだけの。
はずだったのに。

キミがボクの夢から醒めて。
また別の誰かの夢を見てる。

それだけの。
はずだったのに。

なんか。
しばらくしたら、手紙。届いて。

なんだよ今更、とか言ったって。
どうしようもなく、どうしようもなく。

心臓は、高鳴って。

みっともなく書き上げた初めての手紙。
ボク自身の言の葉。

キミには――どう届いたんだろう。

息を吐いて。中を開いたら。

書いてあったのは、もらった手紙とはぜんぜん別の。
なんだか細長い形式ばった字で。

読んでみると。なんかさ。

ボクが手紙を書いた人。

もうこの世に、いないみたいで。

『代わりにこの手紙を書いています』

って。
やっぱり細長い形式ばった字で書かれてて。

『返信をいただいたこと、きっと喜んでると思います』

なんてことが。書かれてて。

みっともなく書き上げた初めての手紙。
ボク自身の言の葉。は。

キミの夢まで――届くことはなかった。

頭を抱えて。うんうんと唸って。
柄でもないとため息ついて。
諦めようとして。できなくて。
頭を抱えて。唸りながら。唸りながら。

思考がぐるぐると巡った。

キミがボクの夢から――

もう、醒めてしまった。ただ、それだけのこと。
よくあるいつもの御伽話。

の。
はずだったのに。

人生はまだまだ続くだろうからって。
永遠に醒めない夢なんてないって。

そんな風に思ってたのに。

キミの夢は、もう――。

* * *

久しぶりって言われたから。久しぶりって返して。
覚えてます? って。うん、覚えてるよ。
ボクはボクの言葉を吐いて。
みんなはきゃあきゃあと喜んで。

それが一過性であってもいい。
流行り病のような夢でもいい。

まだまだ続く人生の中で。ほんのひと時でも。
ボクに夢を見てくれたことに感謝して。

せめてその間くらいは。ボクの。ボク自身の言葉で。
キミを酔わせてあげるから。

いつかみんなが夢から醒めて。
ボクだけひとり、取り残されても。

きっとずっと。
キミの夢を見てるから。

大丈夫。大丈夫。ボクは繰り返して。

今日もボクは。ガラスの靴を手に。

夢の世界で、キミを探して――。

* * *

yuzu ポエトリーノベル#0
『How’s Fairytale of Someone Going?』
SHARE